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東京高等裁判所 昭和33年(う)1975号 判決 1959年10月29日

控訴人 被告人 アール・トーマス・モツト

弁護人 望月武夫 外一名

検察官 沢田隆義

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人望月武夫並びに同桃井[金圭]次各提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるからここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。

望月弁護人並びに桃井弁護人の控訴趣意各第一点について。

原判決判示第一の(一)(二)及び第二の(一)の各事実は、原判決の挙示する各対応証拠を総合して優にこれを肯認することができる。すなわち、右各証拠によれば、同判示第一の(一)(二)の各自動車の輸入については、被告人が原審相被告人寺田弥寿夫と共謀の上輸入貿易管理令第九条第四条一項に規定する外貨資金の割当及び輸入の承認を受け得る見込がないところから、当初から同令第十四条に規定する携帯品に仮託してこれを輸入しようと図り、判示臼井マス及び岸浪喜右衛門が最近アメリカ合衆国ハワイから日本に帰国した際携帯品として自動車を別送した事実がないのにかかわらず、これを別送した如く税関に虚偽の輸入申告をする方法により合法を仮装しようと企て、それぞれ判示日時頃横浜税関において、同係員に対し、判示のとおり虚偽の輸入申告をなし、もつて判示各自動車を輸入しようとしたこと、並びに判示第二の(一)の自動車の輸入については、被告人単独で、前記同様の携帯品に仮託して輸入しようと図り、ルース・ホーランヅワースが最近アメリカ合衆国から日本に渡航した際携帯品として自動車を別送した事実がないのにかかわらず、前同様の方法により合法を仮装しようと企て、判示日時頃横浜税関において、同係員に対し、判示のとおり虚偽の輸入申告をなし、もつて判示自動車を輸入しようとしたことを認め得るのである。望月弁護人は、右判示第一の(一)(二)の虚偽申告の点につき、被告人は関与せず、寺田弥寿夫との間に共謀の事実もなかつた旨、また、桃井弁護人は、被告人は正規の携帯品と信じていたものであつて犯意を欠く旨、それぞれ主張するけれども、前記証拠、なかんずく、原審相被告人寺田弥寿夫の原審第三回及び第十二回公判期日における供述、同人の検察官に対する昭和三十年六月二十日附、同月二十二日附及び同年七月十一日附各供述調書、原審証人高吹勇、同岸浪喜右衛門の各証言を総合すれば、被告人が右寺田と共謀の上、虚偽申告についての認識を有しながら、判示のとおり輸入申告をなしたことを認め得るのであつて、各所論は、措信するに値しない被告人に有利な証拠のみを摘録して原審の正当な採証及び認定を論難することに帰し、採用の限りではない。さらに桃井弁護人は、被告人は判示第二の(一)の自動車の陸揚、通関に何等関与しない旨主張するのであるが、前記証拠、なかんずく、原審証人ルース・ホーランヅワースの証言、小倉武の検察官に対する昭和三十一年二月二十四日附供述調書、並びに押収にかかる英字新聞広告欄切抜一片及び英文メモ一葉(当裁判所昭和三三年押第七二四号の八、九)を総合すれば、被告人が、アメリカ合衆国在住のレルホフなる者との連絡の下に、同人が日本向け輸送した判示自動車をルース・ホーランヅワースの別送携帯品であるように装つて通関輸入しようと図り、同女にその旨依頼し、同女において、浅野運輸株式会社横浜出張所長小倉武に一切の通関手続を委託し、情を知らない右小倉において、判示のとおり虚偽の輸入申告をしたことを認め得るのであるから、所論のように、被告人が直接陸揚及び通関に関与しなかつたからといつて、被告人の罪責に消長を及ぼすものではない。さらに記録を精査し、且つ当審における事実取調の結果に徴しても、原判決には、所論のような事実誤認の廉は存しない。各論旨は理由がない。

桃井弁護人の控訴趣意第二点について。

所論は、まず、原判決は、その判示第一の(一)(二)及び第二の(一)の事実に関し被告人に違法性の認識があるか否かについて審理不尽の違法がある旨主張する。しかし、被告人は、判示各自動車は、それぞれ判示臼井マス、岸浪喜右衛門、ルース・ホーランヅワースの携帯物件ではないことを熟知しながら、これを同人等の携帯物件であるように装つて輸入しようとしたものであることは、控訴趣意第一点について説示したとおりであるから、被告人はその行為の違法性について認識を有していたこと論をまたない。原判決には何ら審理不尽の違法はなく論旨は失当である。さらに所論は、判示第二の(二)の事実につき、昭和二七年政令第一二七号第四条第二項に違反する罪は所持軍票を遅滞なく日本銀行に寄託しないことを構成要件とするもので、右にいわゆる「遅滞なく」とは即時を意味するものではないにかかわらず、原審は、被告人の判示軍票の所持につき、当時日本銀行に寄託する意思を有したか否かの点について審理を尽していない旨主張するけれども、原判決援用の被告人の検察官に対する供述調書(昭和三一年一月三一日附)によれば、被告人は米国軍人又は軍属ではないのに他人名義の軍属の身分証明書を入手しこれを使用していたが、判示の昭和三十一年一月二十日には他人名義の右軍属の身分証明書で本国に送金するため判示米軍第七郵便局に行き、右他人の身分証明書で為替を組み終つたとき、G・I・Dの係員に逮捕されたこと、その際G・I・Dを通じ警察に提出した米国軍票は被告人が右第七郵便局で持つていたものに相違なく、右軍票はその前日或る人から被告人が保管を頼まれ受取つたものであるが、その依頼者の名は言えない。しかしこの軍票はその一部は為替に組み、残りは日本円にかへるつもりでいたと供述しているのであるから当時被告人が判示所持軍票を遅滞なく日本銀行に寄託する意思があつたものとは認められない。のみならず、被告人は原審において、判示の日の前日に右軍票をアキミデイス或いはその代理人ピアスなる者から交付を受けたと主張するのであるが、被告人側からは右アキミデイス或はピアスを証人としてその取調を請求することもしないのであるから、被告人の右主張は根拠のないものといわなければならない。原判決には所論のような違法があるとはいい難い。論旨は理由がない。

望月弁護人の控訴趣意第二点について。

所論は要するに、外国為替及び外国貿易管理法(以下管理法と略称する)に規定する輸入とは、関税法上の輸入概念とは異なり、現実の陸揚(保税地域への陸揚を含む)をもつて完了するものと解すべきにかかわらず、原判決は、管理法第五十二条及び輸入貿易管理令(以下管理令と略称する)第四条第九条等にいわゆる「貨物を輸入しようとするもの」とは、外国貨物の陸揚後保税蔵置中未だ輸入許可のないものにつき、その許可を得んがためにする判示のような虚偽申告行為の如きものをも包含すると解釈し、右解釈に基き、陸揚後の行為につき右法令を適用して有罪を言い渡したのは、法令適用の誤を犯したものである、というに帰する。なるほど、管理法の目的が、「外国貿易の正常な発展を図り、国際収支の均衡、通貨の安定及び外貨資金の最も有効な利用を確保するために必要な外国為替、外国貿易及びその他の対外取引の管理を行い、もつて国民経済の復興と発展に寄与すること」(同法第一条)にあり、「関税の賦課及び徴収並びに貨物の輸出及び輸入についての税関手続の適正な処理」(関税法第一条)を目的とする関税法とその立法趣旨、規制の対象を異にすることは所論のとおりであり、これを貨物の輸入についていえば、管理法は、前記目的の下に、外国為替銀行による輸入の承認(管理令第四条)、特別の貨物の輸入についての通商産業大臣による外貨資金の割当(同令第九条)その他対外取引に対する管理規制をしているに対し、関税法は輸入関税の賦課徴収を主眼とするから、その賦課徴収の便宜のために現実に輸入される物品の国内権利者に対する引渡(本邦内への引取)について厳重な管理規定が置かれている。右の如く、管理法管理の主眼が対外「取引」にあるとはいえ、輸入貿易上の貨物の取引はその貨物の国内への引取という行為を伴うことによつて目的を達するものであり、輸入貨物は陸揚によつては単に保税地域に蔵置されるにとどまり、税関による輸入の許可がなければ、その貨物は権利者に引渡されることはなく、従つて本邦内の権利者はその貨物の現実的所持を取得できないのであるから、貨物の引渡を規制することによつて管理法の目的とする国際収支の均衡、外貨資金の有効な利用の確保を達し得るのである。してみれば、管理法と関税法との間において、「輸入」の意義について異別の解釈をなすべき根拠は存しないといわなければならない。管理令第十六条が、「税関は、通商産業大臣の指示に従い、通関に際し、貨物を輸入しようとする者が輸入の承認を受けていること又はこれを受けることを要しないことを確認しなければならない」と規定し、通関事務を任務とする税関に対し、特に、通関に際し、同令第四条の輸入の承認、同第十四条の承認不要等につき確認すべき任務を課し、他面、関税法第七十条が、他の法令の規定により輸入の承認等を必要とする貨物については、輸入申告の際、当該承認等を受けている旨を税関に証明させ又他の法令の規定により輸入に関して検査又は条件の具備を必要とする貨物については、輸入の許可のための検査の際に、当該規定による検査の完了又は条件の具備を税関に証明し、その確認を受けさせることとし、右証明乃至確認を受けられない貨物につき輸入を許可することを禁止しているのは、正に前記理由に基くもので、管理法と関税法とにおける「輸入」の意義を、ともに通関手続を完了した状態におくことを意味するものと統一的に解していることを裏書するものである。従つて不正手段で通関手続を完了したときは密輸入の既遂であり、その手続をとる前又はその手続の中途で発覚したときは、密輸入をしようとしたものである。又全く通関手続をとることなく貨物等を保税地域以外のわが国内に陸揚げしたときは密輸入の既遂である。(昭和二九年(あ)第三八一〇号同三三年三月一四日最高裁判所第二小法廷判決集一二巻三号五五六頁参照)そして本件は、表面上管理令第十四条により例外的に輸入承認等を要しない貨物として輸入しようとする場合であつて、判示各自動車はすでに横浜港に陸揚せられ、保税蔵置中のものではあるが、これを携帯品として輸入しようとする者は、税関に輸入申告をなし、その許可を受けるに際し、同令第十六条及び関税法第七十条第二項第三項により管理令第十四条に規定する条件を具備するか否かにつき税関の確認を受けなければ、輸入の許可を得られない筋合であり、管理令第十四条の輸入目的は達せられないわけである。更に具体的に検討するに、当審証人佐野祐吉、同小倉武、同田中錬造の各証人尋問調書乃至証言並びに押収にかかる輸入申告書二通(当裁判所昭和三三年押第七二四号の四号、七号)輸入申告書与(記録二六七丁)等によれば、判示各自動車が横浜港に陸揚せられ、保税蔵置の後、それぞれ横浜税関に対し輸入申告書が提出せられ、同税関業務部為替輸入課において同令第十四条別表該当の確認を受けたことを認め得るのであつて、本件のように同令第十四条の輸入を仮装し、同令第九条の外貨割当、同令第四条の輸入の承認を受けることなく、自動車を輸入しようとする場合、該輸入は、関税法の輸入と同様、前記税関による確認を経て、輸入の許可を受けた後、該自動車が保税地域外に搬出せられることによつて既遂となるものと解すべきであり、所論のように、陸揚によつて輸入の既遂と解することは、法の精神及び運用の実際に合致しないものといわなければならない。論旨は理由がない。

(裁判長判事 岩田誠 判事 八田卯一郎 判事 司波実)

弁護人望月武夫の控訴趣意

第二点原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令適用の誤がある。

一、原判決は、税関係員に対し、携帯物件である旨の虚偽申告の行為に対し、外国為替及び外国貿易管理法(以下外為法と略称する)第七〇条第二二号第五二条輸入貿易管理令第九条第四条第一項を適用している。

二、原判決が、右行為につき外為法を適用した根拠は、同判決末尾の弁護人の無罪論について説明しているところで明白であるが、外為法と関税法との混乱があると思われる。

三、外為法は、その第一条が規定する如く、外国貿易の正常な発展、国際収支の均衡、通貨の安定、外貨資金の有効利用のため、対外取引の管理を行い国民経済の復興と発展に寄与することを目的とし、関税法は、その第一条の如く関税の賦課徴収並びに貨物輸出入の税関手続の処理を定めたもので二者は夫々その目的を異にしているので「輸入」なる用語もその解釈が異らざるを得ない。即ち、「輸入」なる文字は我国土への陸揚げを意味することが素朴な又常識的解釈で我国の判例も殆んどこの例によつているが、関税法は関税の賦課徴収を目的とするため「通関」を輸入と定めねばならない。関税法第二条第一号第三号第三〇条第六七条第七〇条何れも然りである。然るに外為法は、その目的が国際収支の均衡、外貨資金の有効利用等に在るため、同法の「輸入」なる用語は通関と関係なく「陸揚」と解すべきである。

四、関税法第六七条に依り貨物の輸出入については、税関の許可を要するが、この輸出入許可は外為法に依る輸出入の許可又は承認ではない。同法第七〇条に依り第六七条の通関許可を得るために(A)他の法令で輸出入に関し許可承認等行政機関の処分を必要とする貨物については、輸出入申告の際許可承認を受けている旨を税関に証明しなければならない。又(B)他の法令に依り輸出入に検査、又は条件の具備を必要とする貨物については、検査の完了、又は条件の具備を税関に証明し、その確認を受けなければならない。従つて(C)右証明又は確認の受けられない貨物については、輸出入の許可をしないのである。関税法の第七〇条は外為法に基く輸出貿易管理令第五条輸入貿易管理令第十三条を受けている規定で右第七〇条自体に依り、外為法の輸入承認は関税法の通関許可とは別個であり、輸入なる観念も自ら異ることが明らかである。

五、今仮りに、自動車を携帯品として輸入する場合は、輸入貿易管理令第十四条第二号と別表第二(現行の同令は改正されている)に依り、輸入承認を必要としない。只税関に於て通関の許可を得るために関税法第七〇条第二項に依り、条件の具備、即ち携帯品であることを証明し、確認を受けなければならない。携帯品として自動車を持込める条件は、右「別表第二」に詳記され、例えば「一時的に入国する者については一年以内に輸出することが確実と認められる場合」等々合法条件が定められている。これらの条件を具備しないことを熟知し(即密輸入の目的)乍ら虚偽申告に依り、通関せんことを企図した場合外為法違反であることは当然であるが、犯罪は、陸揚に依り既遂となり、虚偽申告の有無は外為法違反罪の成否に影響しない。これに反して犯意なくして、自動車を陸揚げし保税蔵置中虚偽申告に依り、通関せんとした場合には外為法違反罪の成立は否定され関税法第一一三条の二の違反罪が成立する。

六、本件において、自動車が保税蔵置せられる迄の行為は、罪となるべき事実ではなく(事実上も被告人はこれに関係がない)「その自動車が、外為法に基く輸入承認を受けていないものであることを知り乍ら税関係員に携帯品である旨虚偽の申告をした。」ことを罪体とする以上、その犯罪は関税法第一一三条の二に該当するものであつて、外為法の違反とはならない。然るに犯行当時関税法第一一三条の二の罰則は存在しなかつた。その規定がなかつたから実質上外為法違反に当らない行為が犯罪となる理由はない。

七、本件自動車輸入が、外為法違反罪となるためには、被告人が陸揚げ迄の行為に加功し、その行為を「罪となるべき事実」に認定しなければならない。然るに「輸入許可(これに関税法による通関の許可である。)のないものにつき、許可を得るため虚偽申告した行為も外為法の輸入せんとしたものに当る」とする原判決の法律適用は「輸入」とは陸揚を云うとする判例にも違反し、関税法及び外為法の適用の分野を混同するものである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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